Masaki Koike's blog

編集などを生業としています。モヤモヤの吐き出し、触れたものやつくったものの所感の備忘録など。

2025年

気づけばもう8ヶ月くらいブログを書けていなかったけれど、ここ数年欠かさずに続けている年末の振り返り記事はなんとかと思い、駆け込みで筆を執っている。今年はお店もあるにもかかわらず、珍しく12/27,28くらいにはだいたい仕事が納まり、年末はゆっくりと大掃除やお店の整備、そして来年の計画を立てながら、本や映画を堪能しようと思っていたのだけれど、自宅が予想以上に荒れ果てていて大掃除にかなりの時間がかかり、ようやく今日の昼過ぎに終わった(ということにした)という有様。お店の整備や来年の計画は年明けにまわすことにした。しかし、大掃除に思った以上に時間が取られたこと自体はしんどかったけれども、これはこれで必要な時間だったという気もする。僕はけっこう家事が好きで──もちろんそれは子育てや介護などをしていない比較的ゆとりのある状態だからということは多分にあると思うが──、それはなんというか生活環境を再構築しているような感覚があるからなのだけれど、大掃除は特に生活の足場を修繕・制作している感覚が強い。今年は本当に、前半はお店の立ち上げ、後半はお店の運営に加えて編集業のほうの多忙にかまけて、ここ数年ではいちばん自宅の環境が劣悪化してしまっていたのだけれど、それゆえになんというか地に足が着いていないような感覚もあり、大掃除を通じて生活のリハビリテーションをしているような心持ちになった。

 

というわけでこの振り返りブログの執筆も年の瀬ギリギリになってしまい、本当は激動だった政治や経済、テクノロジーなどについても触れたいのだけれどそんな余裕はなく、最低限の自分の動きだけ振り返る。

 

やはり今年の大きなトピックとしては、書店など「bookpond」の立ち上げだろう。ちょうど1年前の2024年12月、長崎移転のため閉店した白楽の「ブックカフェ はるや」の跡地で、書店を軸とした小さな複合文化施設を開こうと決めた。その経緯についてはnoteで連載していた「書店(など)制作記」でリアルタイムで半年間綴り続けたので詳細はここでは省く。ちなみにこの「制作記」は書籍化を予定していて、なんとか来年の前半には形にできたらと思っている。とにかく2025年の前半は手探りで構想を考え、仲間を集め、手を動かし、そしてまた構想を修正して……という毎日で、初めてのリアルビジネスの大変さと肌感を思う存分に味わった。本当にたくさんの方々に応援と支援をしていただいたのだけれど、とりわけクリエイティブ・ディレクションを担ってくれた守屋輝一くん、空間デザインを担ってくれたアキナイガーデンスタジオのみなさん、そして全面的に推進してくれた並木里圭さんには深い感謝をしている。

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そして7月末から12月までの約半年、手探りで店舗運営をしてみて、これもまた本当に刺激的な毎日だった。そもそも書店はおろか接客業の経験もほとんどない中、自分の「こんな場所があったら良いのではないか」という感覚だけを頼りに、日々手探りで店舗運営を重ねていき、おそらくサービスや体験として至らない面も多々あったと思うのだけれど、ありがたいことに常連さんからはるばる遠方から来てくださる方までたくさんのお客さんに恵まれ、少ない営業日ながらも、なんとか「お店」らしいかたちになってきたのではないかと思う。棚作り、喫茶・喫酒など、本当に素人からのスタートで当然まだまだ道半ばながら、少しずつ良いものになってきている手応えもある。そして「ひとまず最初は毎月やろう」と決めたTALK LIVEも、ありがたいことに毎回素晴らしいゲストの方々に出演をご快諾いただけて、その場ならではの化学反応が生まれるライブ感あるトークが実現できた手応えがあるし、たくさんのお客さんに恵まれ、良い評価もいただけるようになった。それから恐る恐る始めた一棚書店「booktope」もすぐに予約が埋まり、個性的で素敵なお店と棚主のみなさんに参画していただけているし、読書会や勉強会でbookpondを利用いただける機会も増えた。何よりお客さん、書店業界の諸先輩方、本のつくり手のみなさん、取材いただくメディアの方々、そして白楽というまちの個性豊かな住人たちと、お店を始めたからこそ生まれた新しい出会いがたくさんあったのが本当に楽しかった。

こう書くとすべてが順調だったかのように見えるけれど全然そんなことはなくて、ありがたいことに収益に関しては当初の想定程度かそれを少し上回るくらいの数字が出ているのだけれど、ふだんの運営を一人で回すことの限界にかなり直面してきている。編集業と二足のわらじの物量的なしんどさもそうだし、自分ひとりで企画して仕掛けていくことの質的な頭打ちも痛感している。というわけで来年は、日々の運営でも、お店での大小さまざまな催しの企画でも、色々な人の力をいっそう借りていく、ことをテーマにしていく。具体的な構想はこの年末年始で詰めているところなのだけれど、何かしらのかたちで手伝ってみたい、あるいは何か楽しい試みをしてみたいという方は、ぜひ気軽に声をかけてもらえたら嬉しい。

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そしてその一方で、編集業のほうでもこれまでのプロジェクトに加え、新しいチャレンジに色々と取り組んだ年になった。細かい紹介はここでは省くけれども、今年はより一層、人文的なものをさまざまな形で各所へとつないでいく取り組みにチャレンジしてきた一年であるかのように思う。そして、あらためて自分がやりたいことは、bookpondも含め、「人文」の豊かさや可能性を、ときにこれまでの形にとらわれず、さまざまに探究していくことなのだなと再認識した一年でもあった。これまであえて打ち出すことに慎重になっていたが、来年はいよいよ「人文」という言葉を自分なりに引き受けて、それを自分の専門性である「編集」と掛け合わせ、大きく打ち出した活動をしていきたいと考えている。なんというか、お店をはじめたからこそ、「編集」の楽しさとか可能性とか、あるいはお店との化学反応みたいなものを、より強く意識するようになったところはあるかもしれない。そしてこの編集業に関しても、明らかにやりたいことに対して自分一人では足りないので、積極的に仲間を集めていきたい。「人文」と「編集」に関心のある方、こちらもお気軽にご連絡いただけたら嬉しいです。

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そして日々バタバタとしながらも、なんとか読書ペースだけは生命線として落とさないように心がけた(それでも落ちてしまったことはあるが)。年末に「今年よかった本を紹介する」系のイベントに出演する機会もあったのでそこで紹介した本も踏まえつつ、今年読んだ中でも特に印象にのこった本はざっとこんな感じ。ただあまり腰を落ち着けて読めなかった気もするので、来年はしっかり朝に本を読みたい。

エヴァン・トンプソン『仏教は科学なのか?私が仏教徒ではない理由』

・齋藤 直子、木村 博美『「自分を変える」ということ アメリカの偉大なる哲学者エマソンからの伝言』

・ラーニャ・M・ターマン『リアル・メイキング』

・中野慧『文化系のための野球入門──「野球部はクソ」を解体する』

・菅原潤『上山春平と新京都学派の哲学』

・『フィルカル 特集:企業内哲学』

・橋本倫史『2024年の本部町営市場』

福島真人『「実験」とは何か:科学・社会・芸術から考える』

・平野紗季子『私は散歩とごはんが好き(犬かよ)。』

・浅沼シオリ・早乙女ぐりこ・武塙麻衣子『三酒三様』

・石田健『カウンターエリート』

梅棹忠夫『情報の家政学

・田村正資『問いが世界をつくりだす』

川上弘美『神様』

田川建三『イエスという男』

・別冊ele king『アンビエント・ジャパン』

・生湯葉シホ『音を立ててゆで卵を割れなかった』

吉田恵美子『想いはこうして紡がれる』

・小野純一『僕たちは言葉について何も知らない』

・小野純一『井筒俊彦 世界と対話する哲学』

橋本努・金澤悠介『新しいリベラル』

・森元斎『具体性の哲学』

・独歩ちゃん『足りなさを味わう』

・neoコーキョー『vol.3 自宅の見えない力』

寺尾紗穂原発労働者』(2025再販版)

・相田冬二『あなたがいたから』

・橋本倫史『青葉市子 十五周年』

・『いいお店のつくり方』

・アグネス・アーノルド=フォスター『ノスタルジアは世界を滅ぼすのか:ある危険な感情の歴史』

佐藤俊樹社会学の新地平』

・ジョセフ・ヒース『資本主義にとって倫理とは何か』

福嶋亮大『メディアが人間である』

・『FASTFORWARDS』

・稲田豊史『ぼくたち、親になる』

・松本祐樹『ルポ失踪』

・濱野ちひろ『無機的な恋人たち』

原雅明アンビエント/ジャズ』

・朝倉圭一『雑考』

・横山紗亜耶『絶望と熱狂のピアサポート

 

ドラマや恋リアはそれなりに観て、映画は本当に全然観られなくて、音楽はおそれなりに聴いたかも。が、ごめんなさいここを振り返る気力と時間がもう残ってないので、また改めて。一つ言えるのは、今年は本をたくさん仕入れさせていただいたり、「はるや」の開店祝いにお花の寄せ植えをお願いしたりとしたこともあいまうまて、寺尾紗穂さんの音楽や言葉に今まで以上にたくさん触れ、糧となった。

 

というわけで若干雑になってしまったけれど、なんとか今年も駆け込みで。冒頭の大掃除のくだりを回収するわけじゃないけれど、来年はとにかく「生活」を真剣に構築していくことを大前提として重視したい。今年のバタバタも楽しかったけれど、常に大きな疲労感に襲われていたような気もするし、やはり自分はある程度「生活」を整えないと良いパフォーマンスができないタイプだと思う。ストレスがかかりすぎない範囲で、仕事やお酒を節制して朝の静かな時間を守りつつ、真摯に「生活」していきたい。

そしてもう一つ、ところどころ触れていたけれど、bookpondも編集業も、来年はしっかりと、より一層「人の力を借りる」をテーマにしたい。具体的には、両事業をあわせて法人化し、小さくても「組織」にしていき、個人事業状態を少しずつ脱し、(多少収益は落ちても)無理なく、自分にはできないことがしっかり実現していく体制をつくりたい。これは裏を返せばいよいよ「経営」に向き合う時が来たとも言えるかもしれない。

二つをまとめると、こうも言えるかもしれない。「生活」を守るためにも、「経営」によって個人事業を脱する。あとはすでにいくつか(「制作記」の書籍化も含め)来年の書き手としての大事な機会をいただいているので、「書く」ことにより一層向き合う一年にもなると思う。

 

それではみなさん、来年もどうぞよろしくお願いいたします。このブログを書くことも「生活」を守ることの重要なピースだと思うので、来年はもう少し更新していきたい。

 

良いお年をお迎え下さい。

 

 

 

一日引きこもって作業やテレカン。夕方頃から不穏な倦怠感が襲ってきて、今日予定していたテレカンが全て終わった瞬間、ふっと糸が切れて体調が一気に悪くなる。喉や鼻の調子は悪くないので単なる疲れな気がするけれど、とにかく免疫を高めようと、オリーブオイルでニンニク、ししゃも、アスパラを炒めたアヒージョ風に、昨日の残りの小松菜とあぶらげと玉ねぎの味噌汁、そしておかわりして納豆ごはん。さっと風呂に入り、読みかけの本を読了。今日は葛根湯を飲んでもう寝る。読み書きの基礎体力が衰えてきている危惧が日に日に高まってきており、このブログでリハビリテーション、というこトレーニングをしようかなど考える。

今年に入ってからというものの、ジェットコースターのような、それでいて意外にゆとりもあるような、でもなんだかんだつねに刺激と変化の渦に飲まれそうな日々を送っていたけれど、年度が変わった今週、ふと淡々とした時間が訪れる。いや、むしろ開業に向けたタイムリミットは刻々と迫っていて、編集業のほうのいろいろなプロジェクトも動き出していて、全然ゆとりはないはずなのだけれど、端的に言えば今週はものすごく久しぶりに夜にまったく予定が入っていないことに気づく。

夜に予定がないことが、こんなにも精神衛生、梅棹忠夫の言葉を借りれば「心のしずけさ」に寄与するとは。いやむしろ、僕は人と会うのは嫌いではなく、じっくり話したい仕事仲間や気のおけない知人との飲み会はぜんぜん苦じゃない、というかむしろどんなに忙しい時期でもリフレッシュの時間になるのだけれど、夜に人と会う予定が入らないことがこんなにも貴重なのかと、久しぶりに身をもって感じる。

気ままにお酒を飲みながら自炊をし、読みたい本を何冊か並べて気の赴くままに行き来しながら読み、また気が向いたらドラマを観る。あるいは、行きつけの飲食店で、気の赴くままに飲み食いする。なぜ、こんなにもシンプルな営為に癒されるのか。それはもしかしたら、予定を決めないこと、そこに本来的には成り立ち得ない「無限」を感じとっているのかもしれない。そして、つまみ食いという「自由」を感じとっているのかもしれない。おそらく同じことは休日にもいえて、一日何も予定がなく、朝から気の赴くままに、ときにうたた寝をしながら、本やドラマ、映像に耽溺する一日が大切なのも、その営みそれ自体というより、「決めない」ことによる自由からくるのかもしれない。

充実はしているのだけれど、さすがに疲労が限界に達しかけて、這うように帰宅。何もする気が起きず、とりあえずロックグラスを引き摺り出して氷を雑に入れ、残り少なくなったメイカーズマークを目分量で注ぐ。グラスを片手に、Yogiboに雪崩れ込むように転がり、FireStickでいつも通りNetflixをつける。ここ数日どハマりしている、最近配信されたリアリティショーの『オフライン・ラブ』をつける。あまりに最高すぎるシーンに出会い、泣きそうになりながら繰り返し見ていたら、回復してきた。僕はいま、恋愛リアリティショーに救われている。

今日、ふと昔のウェブの記事について話そうとして、数年前のかなと思って更新日時を見たら、2020年の前半だった。かなり最近のことだと思っていたのに、気づけば5年前。コロナ禍といえばかなり最近のことという認識だったが、もう5年も経っていることにしみじみと驚く。5年といえば、たとえば一般的な大学生活をゆうに包含するし、とても長い時間に思えるが、正直に言えば体感としては一瞬だ。これからは、こういうことがどんどん増えていくのだろう。

 

今年に入ってからというものの、開店に向けての準備(主に資金面)や、既存のプロジェクトも佳境が重なったり、そんな時期に連日のように人と飲む予定が重なったりで、体感3ヶ月分くらいの日々を送っていたのだが、数時間前に流石に息切れしてしまった。とはいえ、明日からもまた引き続きそんな感じなのだが、今日は早めに仕事を切り上げ、一切メッセンジャーアプリを見る気にもならず、気ままに読書や映像鑑賞をしていたらだいぶ回復はしてきた。

 

ここ2週間で、開店に向けてのプレッシャーのようなものは不思議となくなり、所与のものとなった。こうして一つずつ、新たな習慣を獲得していくのだろう。でもふと、かつてのアーカイブやひと昔前に書かれたエッセイを読んだときに感じる同時代性。こういうことがあるから、人生は面白いのかもしれない。

実家で7時頃起床、お雑煮。

 

読みかけだったトンプソンの『仏教は科学なのか?』をざっと読了。マインドフルネスをはじめ、西洋科学的思考からもとりわけアメリカで再評価されている仏教。そうした仏教モダニズムを、認知を行為とともに成立するとする考え方、すなわち「行為的創造」としての「エナクティブ認知」から批判する。認知主義と意識の神経相関への批判が、仏教を心の科学とし、悟りには神経相関があると考えるニューラル・ブッディズムへの批判が主だ。

昨今のマインドフルネスブームや仏教ブームに対するクリティカルな批判としてはもちろん、科学至上主義への批判としての脱植民地化の議論としても読める。さらに個人的には、認知を行為的創造として捉えるエナクティブ認知は、プラグマティズムにも通ずる、創造としての日常を哲学する視点もあり、その点でも興味深かった。

 

10時頃、毎年恒例となっている、地元の神社への散歩がてらの初詣。おみくじは、ここ最近は大吉しか出ていなかったが、久しぶりに末吉。新しいことをやるからこそ、焦らず、謙虚かつ堅実に歩めという戒めとして解釈。

そして、この神社があるエリアは生まれて最初に暮らしていたエリアでもあるので、いつも原点に帰った気持ちになるのだけれど、今回はとりわけ、かつて暮らした集合住宅エリアの近くにあるささやかな商店街エリアに目が行く。なぜなら、ここが自分の人生で初の「商店」経験だから。商店を始めるにあたって、そのことに初めて気づいた。店の入れ替わりはもちろんあるが、ずっと変わらぬ店もちらほら。そんなことを考えながら、缶コーヒー。

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帰宅後は、毎年恒例のお墓参りからの、親族の宴会。文字通り食い倒れるくらい食べて満足。

 

そんないつもと変わらぬ新年の幕開け。平穏に新年を迎えられていることに深謝しつつ、次の新年も平穏に迎えられることを祈念する。

2024年

昨年の振り返り記事を読み返すと、31日に駆け込みで大掃除をして、ギリギリのタイミングで書いているみたいだったけれど、今年はなぜかしっかり29日頃にはほぼほぼ仕事が納まり、大掃除も30日にはほぼほぼ終え、ほんとうに数年ぶりに、あまり仕事をしなくても問題がない年末年始を過ごせている気がする。

川崎の実家に帰る前に、白楽駅前のドトールで、同じ街に暮らしながらまったく顔も名前も知らない人々に囲まれ、匿名性の中でこのブログを書いている。ふと思えば、中高生の頃からドトールで勉強していたから、もう15年近くドトールに通っていることになる。もちろん店舗はその時々で違うのだけれど、なんだかんだチェーンのカフェではドトールがいちばん心が落ち着く気がする。自宅から白楽駅までの間にはここを含めてドトールが2軒あり、とても心強い。

でも一方で、まだ一抹の寂しさや物足りなさを感じてしまうのは、もはや書斎かのように通わせていただいていて、店を切り盛りされている夫妻はここ数年はどんな仕事仲間よりも顔を合わせていた行きつけのブックカフェが、長崎への移転のために閉店してからまだ3週間ちょっとしか経っていないからだろう。同じくそのお店に通われていた地方紙の記者さんがあるエッセイの中で「地元の行きつけのお店がなくなることは、体の一部がなくなってしまうような喪失感がある」といったことを書かれていたけれど、まさにその通りだと思った。そのお店がない毎日に少しずつ慣れてきてはいるけれども、やっぱり寂しいし、同時にこんな気持ちを抱けるほど愛着のある場所をつくり上げてくれたお二人への感謝があらためて溢れてくる。ここ数年の自分のアウトプットのかなりの割合がこの店での作業によって生まれているし、この記事で紹介する今年の仕事ももちろんそうだ。

 

 

 

そんなこんなで、体の一部がなくなってしまったかのような感覚を引きずりながら年の瀬を迎えている2024年。連日の忘年会ラッシュで疲れた胃腸を引きずりながら、ざっくりと振り返っていく。

 

 

 

今年は後述のようにたくさん仕事したのだけれど、その反動か隙間時間での読書欲が零年以上に高まり、忙しさの割にはわりに本が読めた気がする。新刊ばかりにならないようにすること、人からすすめられた自分では絶対読まなかったであろう本を読むことを改めて心がけた結果、そんな感じのバランスになっている気がする。

読んだ/目を通した中でも、特によかった本や印象に残った本をいくつか、新刊・既刊、初読・再読、仕事の関連資料か否かを問わず挙げておく。2024年刊行で特に自分にとって大切な本になったものだけ、太字/★マークをつけている。(そういう本の著者にはたいてい仕事をお願いしたくなってしまうので、結果的に仕事関係が増えてしまうのだけれど)

・久保友香『ガングロ族の最期 ギャル文化の研究』★

・朱喜哲『人類の会話のための哲学──ローティと21世紀のプラグマティズム』★

・「ふつうの暮らし」を美学する:家から考える「日常美学」入門★

・朝倉圭一『わからないままの民藝』★

・武塙麻衣子『酒場の君』★

・『工藝 87 第八十七号 色染和紙』

・朱喜哲『100分de名著 ローティ『偶然性・アイロニー・連帯』

川喜田二郎『パーティー学』

寺尾紗穂(編)『わたしの反抗期』

・金セッピョル、地主麻衣子(編)『葬いとカメラ』

寺尾紗穂『あのころのパラオをさがして──日本統治下の南洋を生きた人々』

冨田恭彦『ローティ──連帯と自己超克の思想』

・柳瀬博一『カワセミ都市トーキョー』

・吉田文(編)『文系大学院をめぐるトリレンマ──大学院・修了者・労働市場をめぐる国際比較』

・『現代思想 立岩真也特集』

・安積純子・岡原正幸・尾中文哉・立岩真也『生の技法──家と施設を出て暮らす障害者の社会学

・大賀祐樹『希望の思想──プラグマティズム入門』

・大坪玲子、谷憲一(編)『嗜好品から見える社会』

・栗原康『村に火をつけ、白痴になれ:伊藤野枝伝』

・大賀祐樹『リチャード・ローティ:リベラル・アイロニストの思想 1931-2007』

小川仁志アメリカを動かす思想:プラグマティズム入門』

・千葉雅也『センスの哲学』

・橋本倫史『観光地ぶらり』

・岡野八代『ケアの倫理』

寺尾紗穂『彗星の孤独』

・朱喜哲『バザールとクラブ』

サリンジャーフラニーとゾーイー

向田邦子『父の詫び状』

・朱喜哲『〈公正〉を乗りこなす──正義の反対は別の正義か』

・ヘンリー・ソロー『ウォールデン:森で生きる』

・キャロル・ギリガン『もうひとつの声で』

・伊藤邦武『プラグマティズム入門』

・柏木博『日用品のデザイン思想』

・麻布競馬場『令和元年の人生ゲーム』

・中村寛・松尾眞『アメリカの〈周縁〉をあるく──旅する人類学』

・石井直方『やせる筋肉の鍛え方』

佐藤学『学びの快楽──ダイアローグへ』

・今井むつみ『学びとは何か 〈探究人〉になるために』

朝吹真理子『きことわ』

矢口高雄マタギ

・磯野真穂『コロナ禍と出会い直す:不要不急の人類学ノート』

・パース、ジェイムズ、デューイ『プラグマティズム古典集成』(訳:植木豊)

武者小路実篤『愛と死』

・ポール・ホーケン『ビジネスを育てる』

津村記久子『サキの忘れ物』

ウィリアム・ジェイムズ『宗教的経験の諸相』

・富永京子『「ビックリハウス」と政治関心の戦後史:サブカルチャー雑誌がつくった若者共同体』

・矢野久美子『ハンナ・アーレント

・『般若心経・金剛般若経

・小指『偶々放浪記』

・岡真理『アラブ、祈りとしての文学』

坂口恭平・道草晴子『生きのびるための事務』

・ナンシー・スタンリック『アメリカ哲学入門』

・中村達『私が諸島である:カリブ海思想入門』

・西村清和(編)『日常性の環境美学』

網野善彦『無縁・公界・楽』

・井上法子『永遠でないほうの火』

・志村真幸『在野と独学の近代:ダーウィンマルクスから南方熊楠牧野富太郎まで』

・岡野原大輔『大規模言語モデルは新たな知能か:ChatGPTが変えた世界』

・ハン・ガン『少年が来る』

・モリス・バーマン『神経症的な美しさ』

マーシャル・マクルーハングーテンベルクの銀河系

・中畑正志『はじめてのプラトン:批判と変革の哲学』

・畑中彰宏『傍流の巨人渋沢敬三: 民俗と実業の昭和史』

・早乙女ぐりこ『速く、ぐりこ!もっと速く!』

・菅原敏『季節を脱いでふたりは潜る』

スーザン・ソンタグ『他者の苦痛へのまなざし』

・ラルフ・ウォルドー・エマーソン『自己信頼』

尾崎俊介アメリカは自己啓発本でできている:ベストセラーからひもとく』

宇野常寛『庭の話』

・向坂くじら『とても小さな理解のための』

・池田喬『ハイデガー存在と時間』を解き明かす』

・井上法子『すべてのひかりのために』

高橋和夫スウェーデンボルグ:科学から神秘世界へ』

 

映画やドラマは全然見られなかった。特に映画。忙しいとついつい遠回しになってしまう。少ない中でも、印象に残ったのは以下のあたりだろうか。映画だと『夜明けのすべて』、ドラマだと『団地のふたり』がベストかなぁ。『boyfiriend』と『あいの里』という新生リアリティーショーの二大巨頭は両方めちゃハマったが、『あいの里』はシーズン2の中盤以降はしんどかった。

ヴィム・ヴェンダース『PERFECT DAYS』

三宅唱『夜明けのすべて』

濱口竜介『悪は存在しない』

岩井俊二四月物語

・Darby Wheeler, Rodrigo Bascunan『Hip Hop Evolution』

・『boyfriend』

・『あいの里

・生方美久『海のはじまり』

・『団地のふたり』

・『虎に翼』

・『光る君へ』

・『1122』

・『海に眠るダイヤモンド』

 

音楽はたくさん聴いてそれなりにライブにも足を運んだけれど、ちょっとMPが切れてきたので割愛。でも今年は、自分が知らない音楽をたくさん教えてくれる人と親しくなれたので、けっこう聴く音楽の幅が広がった気がする。

 

あと今年も主に出張ついでにけっこう色々な場所に行けた。京都は取材や大学のゲスト講師などで今年も行く機会が多く、10回くらい行った気がする。あとは、滋賀、秋田(阿仁)、飛騨高山、博多など、普段あまり行かないあるいは初めて行く地域にもけっこう行けた。いわきにもまた行けてよかった。

 

 

 

そして仕事。

毎年言っている気がするが、今年は本当によく仕事をしたと思う。反省点はもちろん多々あるのだけれど、ひとまず自分におつかれさまを言ってあげたい。

便利でよく使ってしまう「両利きの経営」の「深化」と「探索」というフレームワークに則ると、「深化」も「探索」もたくさんした一年だった。

※参考:安斎勇樹「「両利きの経営(ambidexterity)」を推進する3つのアプローチ」※

知の深化(Exploitation)
既存の事業を深めていくこと。絶え間ない改善を重視。

知の探索(Exploration)
新しい事業を開拓すること。実験と行動を通した学習を重視。

 

まず「深化」。

今年も引き続き、人文・デザインを軸としたさまざまなフィールドで、たくさんのコンテンツの企画・編集に携わらせていただいた。

一個一個振り返っているとキリがないので、プロジェクトごとにざっくり代表的な仕事を紹介するにとどめるが、書籍やウェブコンテンツの企画・編集はもちろん、登壇やモデレーターなど人前に出る機会が格段に増え、講座シリーズや出版レーベルの立ち上げや、企業向け勉強会、企業の思想の言語化・編集、提言冊子の制作など、「編集」をコアに仕事の幅がぐっと広がった一年だった。お世話になっている研究者の方にお招きいただいた大学院でのゲスト講義や、実務家としての学会発表など、完全に新しいタイプの機会もあった一方で、一球入魂的な書籍やウェブコンテンツもたくさん出せた気がする。編集者冥利に尽きることだが、関わったコンテンツ一つひとつが自分の血肉となり、その後の活動に還流していくのがとても刺激的で、その意味でいまの自分はここまで関わってきたプロジェクトや触れてきたものの集積でしかないことをポジティブな意味であらためて実感している。

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続いて、「探索」。

こちらはいま仕込み中のものも多いので、あまりここで言えることは多くはないのだけれど、実は水面下で新たな展開がたくさん起こった一年でもあった。

まず一番大きいのは、編集アシスタントとして並木里圭さんがあらゆる局面でたくさんサポートしてくれたこと。彼女がいなかったら回らなかったこと、チャレンジできなかったこと、知り得なかったことがたくさんあり、(マイクロながらも)チームってやっぱりいいなと純粋に思った一年だった。いつも本当にありがとうございます。ただ、この前「アシスタント」という立場は実質“卒業”してもらったので、来年はいっそういちプレイヤーとして活躍してくれるはず(プレッシャーをかけているわけではないですw)。

また並木さんが加わってくれたおかげで、小規模な哲学の勉強会や読書会など、これまでやりたかったけれどあまり動けていなかったこともやりやすくなり、短期的な売上につながらない探究活動がたくさんできた一年でもあった。

 

 

 

全体的に充実していた1年だったとは思うが、運動があまりできなかったのと、多忙ゆえのストレスか日常的に飲むお酒の量が増えたのは、シンプルによくなかった気がする。後述するように来年は今年以上に忙しくなること必定なので、基礎体力をしっかりつけるためにも、運動と節制をこれまで以上に心がけることをここに宣言する。

 

ここまで書いたプロジェクトをいっそう深めていくのはもちろん、それ以外に来年は新規プロジェクトが規模の大小問わずたくさんある。どれも楽しみなので、一つひとつ丁寧に向き合っていこう。

中でも、来年自分として最も大きなチャレンジが、最近会った人にはちょこちょこ話しているのだけれど、6年前から暮らしている白楽で、書店+喫茶・喫酒+コワーキングスペースの機能を持つ、つまり書店を軸とした小さな複合文化施設的な場所を立ち上げることになった。いまの編集業は引き続き続けながら、新規事業として始めるかたちになる。

まだ未確定事項が多いので具体的なことはなかなか言えないのだけれど、冒頭で書いた行きつけだった「ブックカフェ はるや」からいただいたものを育てていきたい、というのが一番直接的で大きな理由だ。

本当にここ数週間で目まぐるしく急展開し、いま急ピッチで資金調達や物件契約に向けてのアレコレを進めている。いつか書店をやってみたいという気持ちはあったのだけれど、まさかこんなに早く機会が来るとは思いもしなかったので、自分でもまだ実感がない面もあるが、開業に向けたプロセスが一つひとつ進んでいく中で、少しずつ現実味を帯びつつある。小さくない額の資金を投じることになるし、何せ大きな初期投資が必要なビジネスも小売ビジネスも初めてなのでわからないことだらけだが、良縁が重なり応援してくれる人や相談に乗ってくれる人に恵まれつつあるので、なんとかなる自信はある。不安と楽しみがせめぎ合い、でも楽しみとワクワクのほうが大きい。一見すると唐突に思えるかもしれないが、自分としてはこれまでのさまざまなご縁が結実した、ある種必然的な帰結であるような気もする。

来春オープン予定で、その前にはクラファンも行うかもしれないので、ぜひ温かく見守っていただきつつ、一人でも多くの方にこの場所を一緒に盛り上げていただけると嬉しいです。

 

来年の12/31は、どんな気持ちで振り返り記事を書いているのだろうか。予測不能すぎるが、とても楽しみだ。

 

重ね重ね、本年もほんとうに多方面のみなさまにお世話になりました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。

それでは、良いお年をお迎えください。