いつまで続くかわからないが、週に一回くらいは、ブログを書いていきたい気持ちになっている。最近作ったものや読んだり観たりしたものをフックに、なんとなく気づきや考えをまとめていく備忘録的な記事を、ひっそりと書いていこうかと。基本的には、SNSでシェアすることもなく。基本的に一筆書きで一気に書き下ろすつもりなので、誤字脱字があっても許してください。
ここ2週間ほど、にわかに仕事が立て込みはじめ、久しぶりに休みなく働く感じのスタイルになっているのだが、どれも楽しい仕事ばかりなのは本当にありがたい。ちょっとまだ表に出せるものは多くないけれど、今週はざっくり、民主主義、地方行政、飲食文化、微生物、インターネットテレビ、SNS時代の出版、PRとメディアの関係、デザイン経営などについて考える仕事をしていた。重い取材や原稿執筆も多かったのだが、なんとか乗り切って一安心。8月頭まで予断を許さないが、粛々と資料読みと制作作業を進めていくのみ。
今週は、前々から仕込んでいた記事もいくつか出た。
たとえば、有料記事だけどこれ。最近、『「趣味に生きる」の文化論―シリアスレジャーから考える』という本を刊行した杉山昂平さんに寄稿をお願いした。「好きを仕事に」イデオロギーがどんどん支配力を強めていて、それ自体は否定しない(というか自分も「好きを仕事に」したタイプの人間だとは思う)ものの、ちょっと息苦しさもあるなと感じていたときに、シリアスレジャーという概念に出会った。あらゆる趣味が換金されていくこの時代において、とても批評性のある概念だと思った。あえて「趣味に生きる」という選択肢の可能性をもっと広げることで、生きやすくなる人は多いのではないだろうか。言わば、『釣りバカ日誌』のハマちゃんのように。
そして、これ。「出来事」と「日常」という枠組で社会運動を研究されている富永さんは、ここ10年ほどで普及したオンライン運動をどう捉えているのかという問題意識で企画したもの。政策実現プラットフォーム「issues」の廣田達宣さんの実践にも通底する、骨太かつ見通しがよくなる論考だった。生活の中での、自然なかたちでの社会運動とはなにか。記事でも触れられているが、ここ半年ほどよく読んでいた、『暮しの手帖』創刊者花森安治の「くらしを守ることで権力から身を守る」という問題意識とも共鳴した。もちろん、ハッシュタグデモも一定の意義はあるとは思うが、コロナ禍に伴うオンライン化もあいまって「SNS=社会」と思ってしまいがちないまこそ、読まれるべき論考だと思う。
ここ2週間ほどは、仕事の参考資料読みとしての読書しかできていなかったのだが、その中でもいくつか良い本に出会えた。
まず、これ(なぜかOGP表示できず)。「コモンズ」についての議論、テック系の文脈でちょくちょく出てくるなとは思っていたものの、あまりイメージが湧いていなかった。しかし、この本を読んで見方が変わった、というよりちゃんと知った。農村的・コミュニタリアン的ではなく、都市的・リバタリアン的なものである現代のコモンズ論。ほどよい匿名性、選択肢の多様さがもたらしてくれる生きやすさはあると思っているので、そうした文脈との接続でも、とても面白いと感じた。
あとは、これ(こっちもOGP出ない)。学部生向けに書かれたものとのことだが、20世紀の「指導者主導→競争→参加→熟議(→闘技)」という民主主義論の流れが大づかみに把握できて、あらためて頭が整理された感覚。
あとは昨日、友人のデザイナーが作っている、とあるリアルプロダクト(試作段階)を少し見せてもらって、いろいろと刺激を受けた。情報公開していいのか微妙なので詳細はいまは書かずにおくが、やっぱりリアルプロダクトは、話を聞いてコンセプトを理解するのと、実際に触れてみるのは大きく違うなと実感。もっと触りにいきたい。
今日はこんなところで。文章も支離滅裂で、おそらく需要もほぼないと思うけど、頭の整理としては悪くないので、これからもゆるく続けていきたい。