Masaki Koike's blog

編集などを生業としています。モヤモヤの吐き出し、触れたものやつくったものの所感の備忘録など。

エレピ、吉祥寺、ラー油

イベントやクラファン追い込みで怒涛だった一週間を終え、昨日今日はたくさん寝たり、家事をしたり、マッサージに行ったりしつつ、ウィークデーでたまった細かな仕事を片付けたり、podcastの収録をしたりしていた。やや疲れは取れてきたものの、まだ身体も重く、なぜか昼過ぎからメンタルもしんどくなってきたので迷っていたのだが、前売りを取っていた冬にわかれてのライブに行ってきた。吉祥寺なので遠いし、前売り制なのでチケット代ははらっておらず、行かなくても損は出ないのでけっこう迷ったが、家にいてもしんどくなりそうだったので、移動時間で読書しようくらいの気持ちでなんとか足を運んだ。

[冬にわかれてワンマンライブ]、[uchiake tokyo vol.2] のチケット購入・予約は TIGET から

 

 

結果、ほんとうに行ってよかった。

 

とても幸せな時間を過ごし、終わってもまだ7時過ぎでお腹も空いたので、せっかくなのでハーモニカ横丁の適当な立ち飲み屋に寄り道しつつ、感想をメモしておく。ストーブ直の場所で、めちゃあたたかい。

 

場所は吉祥寺の老舗Star Pine's Cafe。初めてだったけれど、なんというか、やっぱ吉祥寺には敵わないよなぁと思わされるような素晴らしい場所。これはブルーノートがいくら資本を注ぎ込んでもつくれない。

 

そして整理番号そこまで良いわけじゃなかったのだけれど、来場客の絶対数がそこまで多くなかったこともあり、なんか3列目に座れた。寺尾さんのピアノとの距離、2メートルちょっと。寺尾さんを生で拝見したのは2回目だけれど、前回はブルーノートだったので、かなりニュアンス感が違う。

 

(このあたりで、店のオヤジに少し話を聞くフェーズになり中断。ハモニカ横丁、同じ系列の店が11個くらいあるらしく、でも大資本ではなく元々街の電気屋が飲食始めたら面白くなって、空いた店のテナントをどんどん買って、気づけば11テナントになってたのだとか。でもおそらく、大資本の系列よりはしっかり店の個性は保たれていて、個人経営ボトムアップだと厳しい場合の折衷案としてこういうのもありなんだなと。あと流しの人が来て、毎日来るらしいのだけど、流しの組合なんてものがあるらしい。最近の流しは若い人がiPad片手に、Paypayでチップを集金するという話は聞いたことがあるけれど、ここまでシステム化されているとは)

 

というわけで、寺尾さんとの予想外の近さにテンションが上がりつつ緊張しつつ、ハイネケンの瓶片手に、川喜田二郎『パーティー学』を読みながら開演を待つ。

 

3人が登場し、2メートル少し前で寺尾さんがありえない高解像度でエレピを弾きながら歌う姿を見た時点で、涙腺崩壊5秒前。なんかそれを聴き始めた瞬間、「あぁ、自分が目指すべきはこれなんだ」と腑に落ちて、胸がいっぱいになってしまった。ふだん音源を聴いたり、著書を読んだり、前のBluenoteのときも似たようなことを思ったが、寺尾紗穂、いや伊賀航とあだち麗三郎を含めた冬にわかれては、美しく、それでいてあたたかく、実はものすごくテクニカルなことを、ものすごく自然にやっている、そのバランスが奇跡的だと思う。伊賀さんもあだちさんも非常に技術力の高いミュージシャンであることは明白だけれど、いわゆる「技術のための技術」とは真逆。寺尾さんは自ら「こほろぎ舎」というレーベルも立ち上げているけれど、これこそインディペンデント。

 

実は紅白のYOASOBIを見て、マスの舞台をハックするという打ち手の破壊力の強さに打ちひしがれていたのだけれど、今日の演奏が始まった瞬間、「あぁ、やはりこっちがしっくりくる」とあらためて腹落ちし、なんだか救われた。自分たちの好奇心をひたすらに満たしながら、紅白と比べたら人数ははるかに少ないけれどたしかに聴いた人の世界を変えていくという手触り感。そして、文筆家やわらべうたの探究も並行する寺尾さん、サックスや整体も並行するあだちさんをはじめ、ピュアに知的好奇心を満たす。その世界との接し方そのものに、救われた気分になる。

 

シンガーソングライターで文章も書くという人は珍しくないけれど、寺尾さんはゴリゴリのルポルタージュを書く点がユニークで、魅力だ。南洋、原発労働者など、いわゆる表面的にはジャーナリスティックなテーマを、「私」の視点から、ピュアな知的好奇心に駆動されて話を聞き、まとめていく。徹底して事物について書いているのに、そこには実存がにじみ出る。その魅力が端的に表れているのが『南洋と私』で、大学生のときの恋人の思い出から、小さな好奇心を突き詰めた結果として、大きなものに接続していく。今日物販で寺尾さんが出張ってたので、サイン入りの2冊目を買った。

南洋と私 -寺尾紗穂 著|文庫|中央公論新社

 

そうそう、物販はあくまでもMCで触れられていた、あだちさんのパートナーの方がつくって、寺尾さんと伊賀さんがリピーターだというラー油を買うために立ち寄ったのだけれど、期せずして寺尾さんが座っていらっしゃって、サイン本を買うことにした。ふつうにキョドってしまい反省。寺尾さん、音楽や文章からはとてもストイックな印象を受けるのだけれど、ライブではお茶目でチャーミングな面ばかり見えるのでその点も魅力。ひとまず、『南洋と私』が一番好きだということ、そして今日がとても幸せな時間だったことはなんとか伝えられた。(寺尾さんに本を書いていただくというのは、編集者としてひそかに胸に秘めているやりたいことリストのひとつ。)

 

あと改めてというか、バンドをはじめた中学生の頃から15年ほど経ってようやく明確に認識したのだけれど、グランドピアノよりもエレピのほうが好きなんだと思う。今日のライブも2台体制で、曲によって使い分けていて、もちろんグランドピアノの芯のあるしっかりした音も素敵なのだけれど、エレピのほうにあたたかさをどうしても感じてしまう。寺尾さんのエレピと歌声のハーモニー、泣きそうになる。単にエレピの方が圧倒的に生で聴いてきたことが影響している気がするが。あとエレピの中でもとくにhonky-tonkの音色が好きで、これは多分、聴いたことはないけど本物のhonky-tonkよりも、エレピの音色のhonky-tonkが好きなのだと思う。

 

 

というわけで、おそらく支離滅裂かつ甘い立論になっているのだけれど、飲みながらということで許してほしい。あらためて、寺尾さんならびに冬にわかれてのような「つくる」を目指したいなと、強く感じさせられた素晴らしい時間だった。明日からも頑張ろう。

 

結局、飲み屋では書ききれず、帰りの井の頭線でこれを書いているわけだけれど、吉祥寺はもちろん、井の頭線で下北よりも吉祥寺寄りに来たのなんて何年ぶりだろうか。なんというか、駅名を見てるだけで、懐かしさでいっぱいになる。

 

帰りの電車はNHKオンデマンドで『光る君へ』をみよう。